まとめ

2012.07.24 TUE 23:09:57   通報する

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これが関西ブルース&ソウルや! 1970年代

出典:http://www.drillspin.com/person/view/ARDSAX187454

70年代に大阪、京都を発火点にブルース、ソウルの大きなうねりがおきて日本を熱狂させました。
あの時代を席巻した大きなパワーの源をおさらいしてみます。

世代を超えて脈々と受け継がれる関西系ロックの系譜もここに。

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せのみブルース・フィーリングを感じる音楽が大好きなライターです

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有山じゅんじ 「梅田からナンバまで」

上田正樹と有山じゅんじの『ぼちぼちいこか』は大阪の臭いを強烈に植え付けたアルバム。キー坊こと上田正樹の分身とも言われる「食いだおれ人形」の写ったジャケットからして大阪以外の何ものでもなかった。

この歌を聞いて、梅田からナンバまで歩いてみた人は一人や二人ではないはず。
そして何年経っても古びることのない不思議な力を持った歌だ。

西成のジェームズ・テイラーとも呼ばれた有山じゅんじは、ラグタイム・ギターの名手として、早い時期からブラインド・ブレイクなどを取り上げていた。

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上田正樹 と サウストゥサウス - Can't Turn You Loose - 1974

サウス・トゥ・サウスのステージは第一部が有山じゅんじのラグタイム・ギターをフィーチャーしたミンナで歌えるアコースティック・コーナー。第2部がノリノリのソウル&ファンク大会という構成だった。

75年頃の上田正樹は、旅館のゆかたがトレードマーク。細い身体で「もっとか!」「死ぬまでか!」とステージを走り回った。

オーティス・レディングの「I Can't Turn Your Loose(お前を離さない)」はクライマックスの興奮が最高潮に達したときの定番曲。この映像みたいに客席も肩を組んだりして、汗だくで踊っていた。ステージも客席も毎回が完全燃焼だった。

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WEST ROAD BLUES BAND 2

サウス・トゥ・サウスとライヴで人気を二分したのが、京都のウエストロード・ブルース・バンド(後にウエストロード)。同志社大学が母体になって誕生した。
ヴォーカルのホトケこと永井隆と、塩次伸二、山岸潤史というよく歌う強力な2人のギタリスト、そして寡黙にリズムをキープし続ける小堀正・松本照夫のリズム隊。彼らが一体となって創り出すセクシーでドラマティックな空気に、皆、酔いしれた。

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大塚まさじ 「男らしいってわかるかい」

ストレートなブルースではないが、関西にはどうしようもなくブルースを感じさせるシンガー、そして歌があった。
そして実際に、ブルースやソウルをルーツに持つミュージシャンがサポートして素晴らしいアルバムを創っている。

かつて「プカプカ」の西岡恭蔵とディランIIで活躍した大塚まさじの声は、大阪の街の臭いまでもまるごと放つようだ。

ディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト」を原曲より早く大塚まさじの歌で知った人を少なくない。

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憂歌団 嫌んなった

ブルース・バンド=憂歌団。デビューは1975年。最初こそブルースのカヴァーを演っていたが、ユーモアとペーソスあふれる日本語のオリジナル曲で他のバンドと一線を画した。天使のダミ声と呼ばれる木村充揮のヴォーカルと、クールな表情と裏腹に情がたっぷりの内田勘太郎のギター。それを支える花岡献二と島田和夫のリズム隊。

宴会のように楽しく、時にほろりとさせられるステージはジャンルを超えて愛された。

この「嫌んなった」は、ブルースのスタンダード「Trouble In Mind」をモチーフにしているが、今ではもう憂歌団の歌として完全に独り立ちしている。

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Sooo Baad Revue / 最後の本音

1976年のほんの短い間活動しただけなのに強烈な印象を残した8人組。ツイン・ヴォーカル(北京一、砂川正和)、ツイン・ギター(山岸潤史、石田長生)、ツイン・キーボード(ピアノに国府輝幸とオルガンチャールズ清水)、ドラム(ベーカー土居正和)にベース(永本忠)という大型バンドだった。

関西の代表選手をそろえたような演奏力は言うことなし。個性の強いメンバー同士の異種格闘技から生まれるスリリングなステージには、笑いもあればメッセージ性もあって、どこまでもファンキーだった。

パントマイムをやっていた北京一の「かたつむり」「何処へ行った」といった関西弁での長尺のトーキング・ブルースが異彩を放っていたが、残念ながらそれらはほとんどレコードに残っていない。

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sexy woman - 大上留利子 ('77)

70年代から80年代にかけてヤマハ主催のコンテストから大勢のスターが誕生した。

関東は「East West」、関西は「8.8Rock Day」。その通称「ハチハチ」で1975年にグランプリを獲得したのが、大上留利子をメイン・ヴォーカルに据えたスターキング・デリシャスだった。

ディーヴァなんて言葉で女性シンガーがもてはやされる以前。これだけ自分の声で繊細に歌えるシンガーがいた。大阪のオバチャン的な人なつこさを備えた、可愛らしさも魅力だった。大上ヴァージョンの「大阪で生まれた女」「胸が痛い」も素晴らしい。

作曲は西岡恭蔵。

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