まとめ

2012.07.27 FRI 19:02:24   通報する

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

0

2043

0

1965年のブリティッシュ・ロック

出典:www.britishinvasionband.com...

1965年のブリティッシュ・ロック。前年から始まった「ブリティッシュ・インヴェイジョン」はまだ続いていたが、それと同時にアメリカでは「フォーク・ロック・ブーム」の年でもあり、未来から眺めれば「サイケデリック・ムーヴメント前夜」なんて解釈もできないことはない。ロック・ファンにとってはいろいろな意味で興味深い時代だ。1965年のイギリスのバンドが何をやっていたのか、youtubeというタイムマシンを通して、ちょっと覗いてみよう。

ABOUT AUTHOR

0

出典:YouTube

In My Life- The Beatles (Rubber Soul)

ビートルズが『Help』と『Rubber Soul』をリリースした1965年。エリザベス女王からMBE勲章を授与された年でもある。翌年にはジョンのキリスト発言が物議を醸し、コンサート・ツアーからも撤退することになるわけだから、ある意味ではその人気がピークにあった時期だとも言えるかもしれない。音楽的な面では初期のロックンロール・バンドとしての勢いはやや後退し、「Yesterday」や「In My Life」などの内省的なバラッドが目立つようになってきた。

0

出典:YouTube

The Rolling Stones Satisfaction (rare)

1965年といえば、ローリング・ストーンズの「(I Can't Get No) Satisfaction」が全米シングル・チャートで4週連続No.1を記録し、彼らのアメリカ進出が成功した年だ。ブルースやR&Bのカヴァーが多かったアルバムの中でもオリジナル曲が目立つようになり、翌年からはオリジナル中心へと変化していった。早くも成熟の兆しを見せ始めたビートルズと較べれば、この時期のストーンズはまだ「お楽しみはこれからだ」状態か。

0

出典:YouTube

The Who - My Generation

1965年、ハイ・ナンバーズ名義での前年のデビューに失敗したザ・フーは改めて「I Can't Explain」で再デビューし、「My Generation」のヒットで英国での人気を決定づける。その暴力的なライヴ・パフォーマンスは評判になり、ライヴ・バンドとしての評価はデビュー当時から高かったが、のちに『Tommy』などのロック・オペラを作り上げることになるその創造性はまだ未知数だった。

0

出典:YouTube

See my friends - The Kinks

前年の「You Really Got Me」と「All Day and All of the Night」の大ヒットでアメリカ進出を成し遂げたキンクスだったが、1965年には全米ツアー中のトラブルの結果、アメリカでの4年間の公演禁止という厳しい処置を喰らうことになる。しかし、この年のキンクス最大の事件はシングル「See My Friends」のリリースだ。インド音楽にインスパイアされた最初のポップ・ソング「See My Friends」は、その意味では最初のサイケデリック・ロック・チューンでもあり、その後のビートルズ、ストーンズ、ザ・フーらにも大きな影響を与えた。

0

出典:YouTube

Manfred Mann - If you gotta go, go now (1965)

同時代の英国のバンドの中でも特異な存在だったマンフレッド・マン。ジャズの素養を感じさせるクールな佇まいと大人のユーモアのセンスを持ち合わせているところが魅力だった。メンバー交代の激しいバンドだが、1965年にはまだポール・ジョーンズも在籍していたし、ある意味では彼らが最もカッコよかった時期かもしれない。その後の変遷も興味深いけれど、それはまた別の話。「If you gotta go, go now」はボブ・ディランの曲のカヴァー。

0

出典:YouTube

It's Gonna Work Out Fine - Spencer Davis Group

弱冠16歳の天才少年スティーヴ・ウィンウッドを擁するスペンサー・デイヴィス・グループの1965年はまだブレイク前夜だが、ウィンウッドのヴォーカルはすでに本格派。先輩ミュージシャンたちが黒人シンガーだと勘違いするくらいその歌声はソウルフルだった。アイク&ティナ・ターナーのこの曲をこんなふうに歌える16歳。やはり天才としか言いようがない。

0

出典:YouTube

Dave Clark Five - Catch Us If You Can (RARE color clip)

前年の「Glad All Over」や「Because」のヒットもあってアメリカ進出に成功したデイヴ・クラーク・ファイヴが1965年にリリースした「Catch Us If You Can」は主演映画『5人の週末』の主題歌。テナーサックスとオルガンをフィーチュアした初期の骨太肉厚サウンドはやや抑制気味で、よりポップにアメリカナイズされたDC5がここにはいる。人気の点ではピークを迎えていたが、残念ながらその後のフォーク・ロックやサイケデリック・ロックの波には乗れなかった。

0

出典:YouTube

THE HOLLIES - I'm Alive (HQ)

カヴァーばかりではあったがヒット曲を連発して本国では人気バンドになったホリーズ。1965年5月にリリースしたこの「 I'm Alive」では初の全英1位を獲得したものの、アメリカではまったく売れず、ブリティッシュ・インヴェイジョンの波には乗り遅れていた。グレアム・グールドマン作の「Bus Stop」が全米トップ10ヒットになるのは翌年のことだ。

0

出典:YouTube

The Yardbirds - Heart Full Of Soul

ギタリストがエリック・クラプトンからジェフ・ベックへと交代した1965年のヤードバーズは、音楽的には最もクリエイティヴな時期を迎えつつあった。のちに幾つかの秀逸なカヴァーを生んだ「Heart Full Of Soul」や「Train Kept A Rollin'」などの曲はベック時代のヤードバーズならではのものだ。

0

出典:YouTube

Hermans Hermits - Mrs. Brown you've got a lovely daughter 1965

1965年といったら、あるいはブリティッシュ・インヴェイジョンといったら、やはりこのバンドも入れないわけにはいかない。「Mrs. Brown you've got a lovely daughter」の大ヒットでアメリカ進出を果たし、その後も全米トップ10ヒットを連発したハーマンズ・ハーミッツ。ヴォーカリストのピーター・ヌーンを見ていると、翌年に登場するモンキーズのロールモデルは彼だったのではないか、なんて思ったりもする。音楽的にはロックというよりもむしろポップだけれど、これも1965年の「ブリティッシュ・ロック」だったんだよな。

このまとめへのコメント (0件)

投稿者:

コメント

※現在設定している画像は削除されます
※アップロードされた画像はDrillSpin/DrillSpinParkにて公開されます

画像について

Close it

DrillSpin内で表示している人物等の画像は、検索エンジンで画像検索を行ない、その最上位の結果を参照しています。 場合により最適ではない画像が表示されることがあります。

閉じる

運営会社

Close it

powered by
    This product uses the Flickr API but is not endorsed or certified by Flickr.
      powered by