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2012.07.30 MON 23:31:34   通報する

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60〜70年代フォークを聞くなら、ここから

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関西フォーク、アングラ・フォーク、プロテスト・ソングとか色々と言われたけど、60〜70年代フォークはいつ聞いても逞しくて新鮮。まずは手始めとして、このあたりから聴き始めては?

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小川真一神出鬼没の音楽評論家、もしくは、音楽剽軽家。

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高田渡 ごあいさつ 銭がなけりゃ フォークジャンボリー

1970年の全日本フォークジャンボリー(中津川フォーク・ジャンボリー)での演奏より。この時、高田渡(21歳)。渡にも、こんな若々しい時代があったんだ。

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加川良 「教訓 I」 Kagawa Ryo "Kyokun I" (Lesson One)

加川良の「教訓 I」は衝撃だった。こんな皮肉たっぷりで、諧謔(かいぎゃく)に満ちた歌は、それまでの日本の歌には無かったはず。この歌詞は、現在のニホンにも通用するんじゃないかと思う。

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友部正人 一本道 EP盤1972年

「ああ、中央線よ空を飛んで、あの娘の胸に突き刺され」のフレーズは不滅。日本のフォークが「詩」になったのは、この友部正人からのような気がする。それだけの存在感がありました。

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遠藤賢司   夜汽車のブルース  全日本フォークジャンボリー 1970中津川

今でも、“純音楽家”として現役バリバリでがんばってる遠藤賢司。デビュー当時から、凄まじい存在感がありました。ギターの奏法といい、声といい、まさにパンキッシュ。

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HAPPY END はっぴいえんど 岡林信康 私たちの望むものは

岡林信康 with はっぴいえんど、70年の全日本フォークジャンボリー(中津川フォーク・ジャンボリー)での演奏から。“フォークの神様”と呼ばれればロックを、ロックかと思えば演歌を。時代から逃げ回るのが実に上手い。

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なぎら健壱 『葛飾にバッタを見た』.wmv

なぎらけんいち(なぎら健壱)といえば、酒好きのエッセイストだと思ってる人もいるかもしれないけど、デビュー当時は高田渡直系の正統派フォーク・シンガー。カントリー・ミュージックにも造詣が深く、日本のランブリン・ジャック・エリオットになれた可能性も。

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五つの赤い風船 - これが僕らの道なのか - 1970

西岡たかし率いる五つの赤い風船は、なにかと誤解が多い。「遠い世界に」や「もしもボクの背中に羽根が生えてたら」など、柔らかいタイトルの曲が多いが、実に実験性に富んだグループであり、その歌詞にしても、裏側にある諧謔をしっかりと読み取らなければいけないのだ。

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高石友也 死んだ男の残したものは

初期の高石友也の功績のひとつは、日本の歌を色々と発掘(Discover)したことだ。この曲もそのひとつ。谷川俊太郎が作詞し、武満徹が作曲したもので、もともとは声楽家の友竹正則のために書き下ろされた。実に良く出来た反戦歌で、現在でも充分に通用する。

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中川五郎「うた」

高田渡とはちがった形で、現代詩とフォークとの融合を計ったのが、中川五郎だった。この曲は。山内清の詩にメロディを乗せたもの。

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斎藤哲夫 - 斧をもて石を打つがごとく - 1970

「いまのキミはピカピカに光って」だけが斎藤哲夫じゃない。デビュー当時は“若き哲学者”とも呼ばれ、「悩み多き者よ」「されど私の人生」「君は英雄なんかじゃない」 といった思索的な歌ばかりを歌っていたのだ。

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