まとめ

2012.08.15 WED 19:04:51   通報する

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デヴィッド・フォスター・ワークス:Part-3(90's〜)

出典:userserve-ak.last.fm/serve/...

スーパー・プロデューサー:デヴィッド・フォスターのセレクテッド・ワークスをご紹介する3回目は1990年代以降編。80年代後半、フォスターはヒット作りの壁にぶち当たり、1987年以降、トップ40ヒットを1つも生み出せない状況に陥っていた。そこである人からアドヴァイスを受けたフォスターは、考え方を大きく変えるのだった。正面から壁にぶつかって行くのではなく、その壁の横から向こうに行けば良い、と。美麗なバラードを中心としたサウンドこそ維持し続けるが、L.A.の腕利きミュージシャンを起用した非常に音楽的なアレンジ&プロダクションを展開するのではなく、極端に言えばヴォーカルとベース&ドラムスが聴こえていれば良い、何故なら、ラジオで音楽に親しむ人はキーボードやギターのコードなど全く聴いていないから、という発想へと転換。結果、さらなる楽曲重視で、名曲のカヴァー、あるいはNo.1ライター:ダイアン・ウォーレンを頻繁に起用するなど、より"万人向けのポップス"を目指すようになる。それが1990年代。そして2000年代に入るとジャズやクラシックとポップスの融合で大成功。今なお、トップ・プロデューサーのポジションをキープし続けている。

■こちらもあります、関連リンク
◇デヴィッド・フォスター・ワークス:Part-1(70's)
http://mcaf.ee/hrz90
◇デヴィッド・フォスター・ワークス:Part-2(80's)
http://mcaf.ee/cxkwy

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中田利樹ライター、ラジオDJ、選曲家、インディ・レーベル:COOL SOUNDオーナー、作曲....な…

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Voices That Care "Voices That Care"

ペルシア湾沖で勃発した湾岸戦争にメッセージを送るプロジェクトのシングルで、作曲はフォスターピーター・セテラ、そしてフォスターの当時のフィアンセでこの年、結婚するリンダ・トンプソン・ジェナー(2005年に離婚)が詞を書いている。参加メンバーは、当時人気絶頂だったニュー・エディションラルフ・トレスヴァントボビー・ブラウンルーサー・ヴァンドロスマイケル・ボルトンからハード・ロック系のウォレント、カントリー界のランディ・トラヴィス、そして御大リトル・リチャードまでヴァラエティ豊か。中でも一番最後に出てくる在りし日のウォーレン・ウィービーの歌声には涙が溢れ出てしまう…。1991年に全米11位、Adult Contemporary6位を記録。シングルのセールスによる収益は全て国際赤十字に寄付されたようだ。

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Natalie & Nat King Cole "Unforgettable"

1991年のエポック・メイキングなアルバムとしてナタリー・コールのスタンダード集『Unforgettable With Love』を外すことは出来ないであろう。特に、亡き父の十八番だったこの曲を昔の歌声と疑似デュエットした様は当時としては実に新鮮だった。アルバムは3人のプロデューサーで20余曲をほぼ均等に分け合ったようだが、この曲を担当出来たのはフォスターの持って生まれた運の強さかもしれない。全米14位、R&B10位、AC3位を記録し、グラミーの"Record Of The Year"を獲得。そして当然の如く"Album Of The Year"も獲得し、フォスター自身も1984年に続いて2度目の"Producer Of The Year"に輝いている。

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Whitney Houston "I Will Always Love You"

そしてホイットニー・ヒューストンのこのナンバー。この頃になると、冒頭で書いた万人向けポップスの極めを歩み、アレンジやトラックの格好良さは一番遠くに置かれてしまっている。とは言え、ホィットニー自らが主演し、空前の話題作となった映画「The Bodyguard」(1992年)とそのサントラ盤の大ヒット、中でも14週全米No.1に輝きグラミーの"Record Of The Year"に輝いたこの曲のドラマティックな完成度はフォスターならでは。1993年のグラミーで三たび"Producer Of The Year"に輝いている。作者:ドリー・パートンのカントリー・ポップ的なヴァージョンとは全く違う仕上がりになっている。

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Celine Dion "The Power Of Love"

デヴィッド・フォスターが同郷であるカナダの歌姫、セリーヌ・ディオンの才能に目を付け、彼女の全米デビューに一役買ったのはとても有名な話しだ。1990年の1st『Union』から数作、アルバム中の何曲かをプロデュースし、1993年のアルバム『The Colour Of My Love』に収録されたこの曲で見事、全米No.1を獲得した。オリジナルは1984年に全英No.1に輝いたジェニファー・ラッシュで、原曲とほぼ同じアレンジながら、3分10秒辺りで聴けるキメのフレーズは、久々のフォスター節として昔からのファンを喜ばせている。そこで出てくるマイケル・トンプソンのギターが絶品だ!

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All 4 One "I Swear"

1990年代中盤、完全に自身を取り戻したプロデューサー:フォスターはレコーディングを終えた時点でその曲が成功するかどうか完全に解るようになっていた。この曲を作り終えた時、彼はこう叫んだと言う。「これは間違いなく全米No.1になる!」と。そしてそれを本当に実現してしまったのだから頭が下がる。
ちなみに、ホイットニーの「I Will Always Love You」で味をしめたから、というわけではないだろうが、この曲はカントリー・シンガー:ジョン・マイケル・モンゴメリーのヴァージョンが約4ヶ月前に出ていて、カントリーでNo.1に輝きグラミーの"Best Country Song"に選ばれている(全米では42位止まり)。

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Madonna "You'll See"

マドンナは常に時代の旬な、或いは、時には時代の一歩先を進むプロデューサーと組み、自らのパフォーマンスを進化させているが、1995年秋にリリースされた新曲を含むベスト第2弾『Something To Remember』でフォスターと共作&共同プロデュースし、この曲を全米6位、Adult Contemporary5位に導いている。なんでも、マドンナは真のプロフェッショナルで、共同プロデューサーのクレジットを与えるに十分の仕事をした、とか…。

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Toni Braxton "Un-Break My Heart"

1990年代後半のフォスター・ワークスでどれか1曲挙げよ、と言われたらやはりこの曲に落ち着くであろう。ベイビーフェイスのレーベルLaFaceからデビューを飾り一躍トップ・スターの座を手に入れたトニ・ブラクストン。この曲はそのベイビーフェイスから直接フォスターにプロデュースの依頼がされ、この低いキーのままレコーディングして欲しい、とだけ言われた模様。完璧にそれに応え、全米1位、R&B2位、AC1位、さらに、リミックスしたダンス・ヴァージョンでディスコ・チャートのNo.1も獲得している。作詞作曲はダイアン・ウォーレン

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Brandy "Have You Ever"

続くこの曲もダイアン・ウォーレンの作詞・作曲。通算100曲以上を全米チャートに送り込んでいる彼女はまさにV.I.P.待遇のライターで、強いコネやバジェットがないと書き下ろしの依頼が出来なかったようだが、フォスターはこの時期、頻繁に彼女の作品をレコーディングし、次から次へと結果を残している。この曲も1999年にNo.1を獲得している。ちなみに、ダイアン女史の話で恐縮ながら、この1年前にはエアロスミスに「I Don't Want To Miss A Thing」を提供し、それが映画「Armageddon」のテーマになったこともありこれまた全米No.1を獲得。この「Best 10」で、彼女の特集をするのも面白いかもしれない。

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Michael Bublé - "Home" (w/Humberto Gatica)

ラスト2曲は2000年代のワークスからチョイス。冒頭にも書いたように、この時代は新世代のクラシック・シンガーやジャズ・シンガーを手掛ける機会が増え、前者ではジョシュ・グローバンアンドレ・ボチェッリ を大ブレイクさせ、後者ではこのマイケル・ブーブレが世界的な人気を獲得している。元々はカナダのシンガーで、それだけに同郷のフォスターとしてもかなり思い入れが強かったのではないだろうか? ブーブレはスタンダードからロックまで、ジャンルを超えた名曲を選んではそれらにジャジーなサウンドを施す独自のスタンスで人気を得ているが、一方で、ポップ、シンガー・ソングライター的なオリジナルも書き、それで複数のチャートに入っている。この曲はそのブーブレがフォスターの娘、エイミー他と共作した作品で全米こそ72位止まりだったが、Adult Contemporaryでは見事No.1に輝いている。プロデューサーとしてはもちろん、エイミーの父親として、この曲の成功をきっと誇りに思っていることであろう。

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Katharine McPhee "Somewhere Over The Rainbow"

そして締めくくりはアメリカン・アイドルで素晴らしい実力を披露したキャサリン・マクフィーのナンバー。アイドル、と言っても、可愛いだけでなくちゃんとした実力を持っているのがアメリカの奥の深いところ。個人的にはこのルックスだけで惚れてしまいそうだが、それに加えてこの歌唱力。まさにスターになる運命を持って生まれた女性だ。2006年に全米12位まで上昇。曲は改めて言うまでもなくミュージカル「オズの魔法使い」で大ヒットしたハロルド・アーレン作曲による永遠の名曲だ。

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